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じいさんピアノ(過去の日記より)

 ピアノ弾きは一つの宿命を負っている。それは「本番に自分の楽器を持ち込めない」ということである。逆に言えば、いろいろなピアノに出会えることでもあるわけで、私はそれを楽しむことにしようと決めている。

一つどうしても忘れられないピアノがある。

 ずいぶん前の話だが、小中学校の音教(音楽鑑賞会)で、木管4重奏とともに一週間鳥取県出雲市に滞在した。名前は忘れたが、とある小学校での本番の日、いつものように会場となる体育館へ移動。この体育館という物、およそ楽器を保管しておくには、まったくもって過酷な環境である。高温多湿、低温乾燥、児童乱雑。そこにいつも丸裸でがさつに置かれいるピアノ。おかげで体育館で出会うピアノはいつもヤレて疲れてどうにでもしてくれと言わんばかりの、半ばやけっぱちのピアノばかり。その日も遠目にピアノを目にした一瞬で、「ああ、おまえもか」といつものあきらめの境地。でも、近寄ってみるとなんだか様子がいつもと違う。ヤレているというよりやけに古くさいのだ。そこで、初めてのピアノを見るといつもそうするように、ピアノの身の上を確認すると、メーカーは日本楽器(今のヤマハ)で、製造番号は全ての桁は覚えていないが、25,000番台。ちなみに、現在のヤマハの製造番号は6,000,000番台以上(平成23年度現在6,310,000番台。アップライト、グランド共通だそうだ)。25,000?きっとかなり古いなと思ったので「随分古いピアノですね」とそばにいた担当の女性の先生に話を向けると、「はい、先生(私)が今日弾かれて最後になります」となぜか申し訳なさそうに、でもやや微笑を浮かべて話して下さった。その時は、そうですか入れ替えですか、くらいにしか思わなかったのだが、リハーサルの時、その先生の「やや微笑」の意味が分かった。・・・・このピアノ、ポンコツの域をはるかに超えていたのだ。

 大体、私は座ってまず、右のペダル(ダンパーペダルまたはサスティンペダルという)を踏むクセがあり、それでは、と、その日も右足裏に力を込めると、ガコッ!と鈍い音がして、ペダルの支柱ごと左に大きくずれた。これでは次が踏めないので左足のつま先で右に押し戻す。では、左のペダル(ソフトペダル)をエイっ。アクション全体が右にちゃんと動く・・けど戻らない・・だからつま先をペダルの下に潜り込ませて上に押し戻す。次に鍵盤を弾く。というか、そもそも鍵盤が洗濯板のように極度に波うっている。そして曲を弾いてみる。所々でギィとこすれる音がして、そのたびに一つ二つの音が必要もないのに残る。見ると鍵盤が完全に沈みきったまま、あがっていないではないか!・・・・・そこでしばらく考えた。つまり、くだんの先生は、この「危篤じいさんピアノ」を先生(私)に看取って頂きたいと、あの微笑でおっしゃっていたのだ。
 たまらず、窮状をメンバーに説明するも「おお?そお?まっちゃんならだいじょぶだいじょぶ!!グワハハ」←(リーダー・ホルン澤氏)
・・・自分の運命がかかっていることをまったく理解していないよ、このひとは。
よし!やりましょう!知りませんよどうなっても!

「軽く」リハをすませると、旅のせいで気持ちが大きくなっていることもあって、夜の食事の心配なんぞをしている私。

 本番が始まった。「軽い」リハの間に、ある程度の対策は考えてあった。ダンパーペダルはなるべく静かに踏み、いざというときには左足で支柱を支えながら踏む。ソフトペダルは使わない。そしてあがらない鍵盤は極力触るのを避け、どうしても重要な音の場合は、弾いたあと、俺はどこでこの技を習得したのだろうと思うくらい素早く、かつ、さりげなく・・「鍵盤のはじっこをつまんで・・あげる」のだ。

 その対策通りに順調に曲は進んだ。まったく俺ってやつは世界一だよと思いかけた矢先、「軽い」リハでは触れなかった曲にさしかかった・・・。案の定そこには「あがらず鍵盤」を集中して使う場面が残されていたのだ。しかも一定のリズムで延々続く。
弾いーちゃーあーげー、弾いーちゃーあーげー、ひっちゃげひっちゃげひっちゃげひっちゃげ(途中から倍テンポ)・・・(これはうそ)
同じことの繰り返しで、いつもは鼻くそほじくりポイントのところが、一気にウルトラD難度へ昇格だ。右足はガコガコ、左足はヘコヘコ、手はひっちゃげひっちゃげで、気分はさしずめハタおり機でハタをおる鶴。その自分の動作のあまりのおかしさに、あははと心で笑ったら間違えた。ちっくしょー。音色もひどく、これじゃアンサンブルにならないよという危機的レベルなのだが、なにしろじいさんピアノが最後の力の限りを懸命に振り絞って音を奏でているようで、なぜかそれを恨む気にはならなかった。

 なんとか演奏をし終えた。異常に疲れた。先生が近寄ってきて「ありがとうございました」と妙に丁重に頭を下げる。「これ、どうなるんですか?」「廃棄処分になります」

生徒先生がハケた後、一人何となく体育館に残り、W杯の中田ではないが、しばらくその灯の消えたピアノの前に座ったままじっとしていた。
せめて誰かの家に飾ってやればいいのに・・・と、思った。




(調べたところによると25,000番台は昭和11年頃に製造された物だそうだ)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 2006年よりmixiにアカウントを持っていて、時々記事を書いていたのだがしばらくお留守になっている。
この間久しぶりに過去の日記を掘り返していたらいくつか大きなものが出てきたので、このブログへの引越も兼ねてこれから随時、エッセイ風なものとして過去記事を掲載することにします(別名手抜きとも言う(笑))
.20 2012 コメント0

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