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線香花火【過去の日記より】

 妻の実家で子どもたちと久しぶりに花火をした。
それは、おばあちゃんがあらかじめ買っておいてくれた、いわゆる手持ちの中国製おもちゃ花火だ。昼間、実家にお邪魔するなりそれを見た子どもたちは、夜が待ち遠しくてたまらない様子で、時折私のTシャツの裾を引っ張っては「夜はまだ?」と訊いてみたりしている。

食事も終わって風呂も入って、さあてやるぞと腰を上げ外に出ると、「満天の」とはいえずとも、充分魅力的な星空。

 この手の手持ち花火セット、火を付けてゆく順番には、きっと国民的暗黙の了解があるはずだ。まず、火炎放射タイプでシャーっと音のするものと、ビチビチバチバチはじけるタイプのものを交互に「消化」して(じれったければまとめて火を付けたりして)、皆、言わずとも、来たるべき癒しの時間に気持ちを傾けていく。そして、そのつかの間の華やか花火が尽きると、遠巻きに見ていた子どもたちなども、なんとなしに真ん中に集まり、車座になって「線香花火」に火を付ける。これが王道だろう。

 私は線香花火が好きだ。日本人ならばほとんどがそう答えるだろうか。隅田川で人混みにもまれるよりは庭で線香花火をしていたい、と思う人も中にはたくさんいるだろう。
線香花火の燃え方にはそれぞれ名前があって、牡丹(丸い火玉)→松葉(大きく火花が出る)→散り菊(か細い光)と呼ぶそうだ。これは華やかさと、はかなさと、静けさを兼ね備えた、日本人が世界に誇るべく芸術の一つではと私は思う。

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                                       【線香花火のこと】


 わぁきれい、などと言いながら線香花火を楽しんでいる子どもたちの、本当に穏やかな顔を見ていた時、戦争の戦地で武器を持って戦っている兵士たちに、この花火を見せたらと思った。どう感じるだろう。なんだ虫も殺せぬ爆弾じゃないか、と馬鹿にするだろうか。それともその美しさとはかなさに何かを気づくだろうか。線香花火を終えた後に武器を持てるだろうか。もしかしたら、線香花火は反戦のメッセージになりうるのではないかと。

線香花火と戦争、一見なんの関係もなさそうだが、どちらも火薬に火を付けるという意味では同じ所作だ。方や芸術、方や人殺し。そこに人間の英知と愚かさを見る。

今日広島原爆記念日



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.06 2012 コメント0

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