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2013桜 満開

2013桜小

我が家の前の公演と遊歩道の桜が、今年も満開を迎えた。毎年毎年どうして決まって咲くのか。咲くのが当たり前と思っていたがよく考えるととても不思議だ。

今日は雨がパラパラと落ちたりして天気が悪く、今一桜が映えない。そこで咲きっぷり抜群だった昨年の桜をどうぞ。
 ↓↓↓↓
【2012桜】

そして今日は私の下の子どもの小学校卒業式でもあった。卒業式に満開の桜・・・今まであまり例がないが、華やいだ雰囲気でとても良かった。式は厳粛で、凜とした空気に包まれた良い式だった。
日々生活していれば問題や悩みに突き当たるもの、舵取りの難しいこともあったけど、そもそも五体満足で6年間過ごせたことを心から喜んでいる。


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.25 2013 コメント0

極み・雨男【過去の日記より】

 私は雨男である。

 科学的根拠があろうがなかろうが、これは間違いなく真実だ。過去、何度、予報に反して本番に雨を降らせたことか・・・。
 数年前の台風の当たり年には、上陸または最接近が5回本番日にあたり、そのうち4回を中止に追い込んでしまった。山小屋の本番では、準備のため小屋から私が出入りするたびに雨が落ちたりやんだりするのを見た少女が、あの人が出ると雨が降るよ、と母親に耳打ちするのを聞いた。桶川の野外本番では、演奏開始直後に聴衆が全く見えなくなるほどの大雨に見舞われ、円卓を囲んで食事中のずぶ濡れになったお客さんが屋根付きの舞台上へ大挙押し寄せ、演奏中の僕らの背後にすし詰めで立っているという変な本番もあった。

 だから、江波氏から「3月上旬の夜の野沢のゲレンデでの演奏依頼」が来た、と聞いたときには、雨の時はどうなるんですか雪の時はどうなるんですか!と食い下がるように訊いたのだ。

 そして3月10日、その日はやってきた。

 とはいえ実は今年(2007年)に入って、私は雨男ではなくなっていた。雨が降らないばかりか予報に反して晴れたりして、きっと「雨男菌」がとれたんだ、なんて半ば本気で思っていた。この日も現場に到着した昼の時点で気温も日差しも暖かくて、長Tシャツ1枚でセッティングできるほど、まさに暖冬!というか小春日和だったのだ。現地の人も今日はオッケーでしょうと言うし、慣れない雪上のセッティングを終えた時点で八割方仕事は終わったようなものだった。
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 今回は野沢温泉村挙げての「灯明祭り」の中に初めて音楽イベントをということで、いつも村にお世話になっている僕らに依頼が回ってきたものだ。「灯明」だから夜というわけで、日も落ちてすっかり暗くなって、祭りが始まった。

 今回の寒さ対策。山岳用の保温下着上下に長Tシャツを着て背中にホカロンを貼りその上に厚手のニットのベスト、その上にいつもの舞台用シャツとベスト。靴下は2枚重ね。
 さすがに気温が下がってきたものの風もなく、何しろ澄んだ空気を吸いながら気分良く演奏はスタートした。
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1曲2曲過ぎただろうか、照明に照らされてきらきら光るものが。空気中の水蒸気が凍るダイヤモンドダストかな?きれいだなあ、幻想的だなあ。そう思っているうちに、ひらひら漂っていた水蒸気の粒はみるみる大きくなって、上から下に軌跡を残すように落ち始めた。これを気象用語で「みぞれ交じりの雨」と呼ぶ・・・。

 風雲急を告げる・・・いや、開始前に告げてくれりゃあスタートしなかった、始まってから降るなバカ野郎!一瞬背筋がぞくっとして、「雨男だった頃の自分」を思い出し、この先の展開を考えるとなんだか気の遠くなる思いがした。案の定雨脚はだんだんと激しくなり、おまけに風が横殴りに吹き始めた。ガタガタと譜面台が揺れ、譜面台にクリップで固定していた楽譜もバサバサと音を立てて羽ばたき始めた。
 そこへ突風第1波。右のほっぺたを平手打ちされたような気がしたと思ったら、楽譜がピュッと夜空に舞い上がった。あわてた村の職員が雪上で楽譜を追いかけ駆けだす。鍵盤は雨でみるみる濡れていき、指を置くたびにツルーヌルーと滑って定まらない。手もしっとりと濡れて急激に冷え、風が吹くからさらに体感温度が下がって指先から徐々に感覚が薄れていくのがはっきり分かる。かたや、江波氏はその見事に突き出たお腹を上手に使ってなんとか譜面台の動きを制御し、風に吹かれて音がかすれたりしてもとっさに体の向きを変えたりして必死で音をつないでいる。
 突風第2波。今度はまとめてあった楽譜がファイルごと飛んで中身が紙吹雪のようにゲレンデに。3人ほどの職員がわらわらと散り、腰をかがめてあたふたと拾い集めている。曲間に職員の一人が、わしづかみにした楽譜を必死の形相で渡すので、いいえあなたが悪いのではないですよ、と精一杯の笑顔を作ろうとするも頬がかじかんで笑えない。もうやけくそで楽譜をクリップで譜面台にくくりつけ次の曲を弾き始めると、そのやけくそ勢いで譜面台の上辺だけに楽譜を留めたために、楽譜が下から風にあおられてすっかり裏返って上に反転し、また戻ってはまた反転しを、その残像で立体的に見えるほどのものすごい速さで繰り返し、ピ~ラピラしてどうにも止まらない。客から見てもこれが楽譜だとは到底思えないだろう。そしてその曲が終わりに近づきエンディングの終止形の和音を経由して江波氏が最後の音を(本来なら)感動的にのばしたとき、突風第3波。江波氏の譜面台がゆっくりと前に傾いて、まるでノックアウトされた直立不動のボクサーがぼう然とリングに倒れる映像のように、バッサン、とまるごと倒壊した。そのコント風タイミングのあまりの絶妙さと真面目にやってる僕らの対比に、お客さんはさすがに気を遣い笑いこらえて逆に静まりかえり、伸ばしたオカリナの音と横倒し譜面台と散乱した楽譜と、そして横で相変わらずピ~ラピラの私の楽譜とが、なんとも静かで赤面チックな間をかもし出していた。


 どうにか演奏を終え、控え室に転がり込みしばらくして外を見やると、風はすっかりやみ、雨もあがって星なんぞが出ているではないか。これが「山の天気は変わりやすい」で説明つくものなのか?きっと自分は前世で何か悪いことをしたのだろう、または踏みつぶされたカエルだったのだろう・・・・さすがにそんなことを考えふけっていたら、ふと、あることを思い出した。

オレの親父の名前は「雪雄」である。
雪雄の子だから雨男?

・・・まったく、シャレが効きすぎている。





※以上は全て誇張無しのノンフィクションであり、登場人物はすべて実在します。
.01 2013 コメント0

川口市立根岸小学校学校応援団、発進!

根岸小プレート
わが息子が通う小学校に、学校応援団!という奉仕組織が出来ました。PTAとは違う視点で、児童が在籍しているいないにかかわらず、地域の子どもたちの通う学校を盛り上げようという発想から作られました。これから各地の学校に同じような仕組みが増えてくると思います。皆さんも地域の学校を自分たちの手でサポートしていきませんか?

ブログ形式のホームページを作りました。
【川口市立根岸小学校学校応援団!】
.15 2013 コメント0

線香花火【過去の日記より】

 妻の実家で子どもたちと久しぶりに花火をした。
それは、おばあちゃんがあらかじめ買っておいてくれた、いわゆる手持ちの中国製おもちゃ花火だ。昼間、実家にお邪魔するなりそれを見た子どもたちは、夜が待ち遠しくてたまらない様子で、時折私のTシャツの裾を引っ張っては「夜はまだ?」と訊いてみたりしている。

食事も終わって風呂も入って、さあてやるぞと腰を上げ外に出ると、「満天の」とはいえずとも、充分魅力的な星空。

 この手の手持ち花火セット、火を付けてゆく順番には、きっと国民的暗黙の了解があるはずだ。まず、火炎放射タイプでシャーっと音のするものと、ビチビチバチバチはじけるタイプのものを交互に「消化」して(じれったければまとめて火を付けたりして)、皆、言わずとも、来たるべき癒しの時間に気持ちを傾けていく。そして、そのつかの間の華やか花火が尽きると、遠巻きに見ていた子どもたちなども、なんとなしに真ん中に集まり、車座になって「線香花火」に火を付ける。これが王道だろう。

 私は線香花火が好きだ。日本人ならばほとんどがそう答えるだろうか。隅田川で人混みにもまれるよりは庭で線香花火をしていたい、と思う人も中にはたくさんいるだろう。
線香花火の燃え方にはそれぞれ名前があって、牡丹(丸い火玉)→松葉(大きく火花が出る)→散り菊(か細い光)と呼ぶそうだ。これは華やかさと、はかなさと、静けさを兼ね備えた、日本人が世界に誇るべく芸術の一つではと私は思う。

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                                       【線香花火のこと】


 わぁきれい、などと言いながら線香花火を楽しんでいる子どもたちの、本当に穏やかな顔を見ていた時、戦争の戦地で武器を持って戦っている兵士たちに、この花火を見せたらと思った。どう感じるだろう。なんだ虫も殺せぬ爆弾じゃないか、と馬鹿にするだろうか。それともその美しさとはかなさに何かを気づくだろうか。線香花火を終えた後に武器を持てるだろうか。もしかしたら、線香花火は反戦のメッセージになりうるのではないかと。

線香花火と戦争、一見なんの関係もなさそうだが、どちらも火薬に火を付けるという意味では同じ所作だ。方や芸術、方や人殺し。そこに人間の英知と愚かさを見る。

今日広島原爆記念日



.06 2012 コメント0

ポールに車をこすった

 昨年のある日、いつも高校に通勤している途中の裏道で車をこすった。見通しの悪い交差点で左折しようとしたところガギグッ(いつ聴いてもイヤな音だ)と左後方から盛大な音がしたので降りてみたら、なんともKYなところに短いポールが新設されていて、車の左後部のボディを当ててしまったのだった。ちくしょ誰だこんなところにポール立てたヤツは〜。案の定、同じようにこする車が相当多いらしく、ポールはみるみるうちに傷やらへこみやらでどんどん醜くなっていった。それが気になった。

これは、そのサンドバッグのように打たれて毎回表情が変わりすさんでゆくポールのけなげな姿を長期にわたってとらえ続けた愛と感動の記録である(?)。


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どこにでもあるポール。しかし立てたところが悪かった。すでにおびただしい傷が・・・。
一日に何度も痛い思いをして、それでも寒い中に立ち続け、きっとマッチ売りの少女のような心境だったろう。






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しかし!あるとき彼の頭に立派な帽子が!誰か見かねたか苦情が出たのか知らないが当局が被せたのだろう。まるでロンドンの近衛兵のように凛々しくもあり誇らしげでもある。これで目立つからもう大丈夫!・・・しかしここからが本当の苦難の始まりだった。




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 高校の長期休暇でしばらく通らない日が続き、新学期が始まって久しぶりに会ったとき、彼は変わり果てた姿で立っていた。おぉポール、いったいお前の人生に何があったのだ!


それを想像させるような出来事を、その後目の当たりにした。
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そして次の日・・・(涙)
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・・・人生始まりがあれば終わりもある・・・。安らかに眠れよ・・・




と思った1週間後・・・


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ジャーン!


こうなると、ここまでかたくなに直し続ける人物のことが気になってくる。
おそらくその人の中では、歩行者の安全のために、とか、内輪差に注意、とかいう大義はもうすでにどっかに吹っ飛んでいる。ただひたすら、ポールよ、お前のために。あぁこんなところに立ててしまった私を許しておくれ。





そして2日後。

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すでに小首をかしげているポール・・・

・・・いい加減に抜いてあげようよ、当局さんよ。余計危ないって。


そして広い草原にでも立ててあげようよ、などと本末転倒なことを考えてしまった。


.12 2012 コメント0

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Author:shinsyoo
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